弊社の創立は1983年6月。今から40年前です。と言うことで、来月で記念すべき40周年を迎えます。人に例えれば40歳。振り返ってみると良いこと、悪いこといろいろありましたが、クライアントやスタッフに支えられ、何とか乗り越えて来ました。設立した動機は、クライアントに精度の高い調査を提供したいと考えたのが動機で、営業品目は調査事業(市場調査・企業調査・顧客調査)だけでした。スタッフは、私と経理担当者と調査員1名の3名でワンルームマンションからスタート。創立当時、私が会社を経営出来るのか不安で、手相を見てもらうと、私は独立するよりも企業の中で力を発揮するNo.2タイプだと言われました。しかし既に独立してしまってたわけで後戻りはできません。その時に自分を納得させるため「私はNo.2で構わない、No.1はクライアントだから」と腹をくくったことを思い出します。
あれから40年、嬉しい事、悲しい事、苦しい事、思い出すことがたくさんあって、全てを紹介するにはこの原稿用紙では足りません。そんななかで創立して最初の苦しかったことを紹介したいと思います。
創立から約10年間は順風満帆。クライアントはゴムメーカー、ハウスメーカー、建材メーカーの3社で、売り上げの70%を占めていました。スタッフも20数名になり、売り上げは右肩上がり、仕事は毎日遅くまで続いたが、充実した毎日でした。ところが、バブル崩壊。取引3社からの受注案件は激減。会社は倒産するか、スタッフは何名辞めてもらわなければならないのか、そんなマイナスな事ばかり考えていました。
個人的な話ですが、私の住まいは土浦市内で、上野駅から土浦駅まで各駅停車で約1時間10分。この1時間10分間が、仕事が充実していた時は本を読んだり、企画を考えたりで、電車に乗っている時間が長く感じませんでしたが、バブル崩壊後、売り上げ激減で気持ちが重く暗く、ただぼんやりと車窓を眺めているだけ。電車に乗っている時間が長く感じてやる気エネルギーが沸き上がってこない。その時に感じたんです。各駅停車の電車に乗っていては益々気持ちが落ち込む。私は小さい会社でも経営者。経営が苦しくても料金が高い特急電車のグリーン席に乗ろうと。そして、グリーン席に乗ってプラス思考で前に進もうと。
そして、貯蓄を全て解約し、銀行から借り入れして会社を立て直しました。創立してから約10年間無借金経営だったから、銀行から借り入れするのが嫌だったんです。借金を嫌がっていては、上手にお金を回さなければ経営者じゃないですよね。バブル崩壊後、経営者とは何をすべきか気づかされました。
それから、特定企業からの依頼案件だけに頼る経営は止めようと決めました。特定企業からの受託案件が激減しては対処の方法がありません。そこで取組んだのが、受託案件だけでなく取引先を増やすことであり、取引先を増やすということは、商品を作ることであり、そこで開発したのがKJ-NETでした。

ここで紹介したのはほんの一部です。創立当初は調査会社と興信所を勘違いする方もいて、浮気調査や尾行調査の問い合わせもありました。当然断りましたが。いろいろあった40年です。これからも山あり谷ありでしょうが、創立50年に向かって弊社の企業理念である「夢・希望・歓喜」を忘れず邁進して行きたいと思います。今後ともご指導の程宜しく御願い申し上げます。